「トロッコ問題」というのをご存知だろうか?
イギリスの哲学者フィリッパ・フットという方が1967年に発表した
論理学や哲学なんかで用いられる思考実験として扱われる問題だ
概要
暴走したトロッコの先には作業員がいます。
ポイントを切り替えれば5人が助かる
しかし、切り替えた先には1人の従業員がいる。
さて、この時にポイントの近くにいるあなたの選択は?

というもの
結論
この判断に大いに悩むと思います
「多くを救うのに犠牲を1人を犠牲にする?」
「レバーに触れないというのが自然な摂理?」
簡単には答えが出ない状況なので、その考え方や決定の判断基準の重きを
何処におくか?
それを表面化させるのに適した問題ともいえます。
オリジナル
この問題に新たな設定を追加したりして、様々な派生バージョンが
作られています。
身近な事柄に置き換えてみたりするのもその一つでしょう
ストーリー


レバーの切り替えの判断も変わってくるのかもしれません
立場

などと色々とシチュエーションが違ってくると見えてくるもの違ってくるという
ものです。
さて
この判断を下すのにジレンマがあるということは
政治に似ていると個人的には感じます

誰かの為になる事が、誰かの不為となる
これが政治家の仕事の一つとして当然に行われているということです
そして このしんどい選択を「代表する人に託そう」というのが選挙だと思います
選挙的に
例えばね
1週間後に誰も止められない爆弾を積んだトロッコが走ってくるとしましょう
ですが進路を変えるチャンスが1度あるとします←どんな設定だよ
このレバーを操作するのに
「50㎏の力が必要」だとしましょう
そして レバーを操作する人を選んで決めるとします

赤い人には 横柄な性格であるもののレバーを動かす力があります、しかも街のジムに独占的に通っているからです
青い人は 独占的にジムに通うなどけしからんと赤い人に否定的なことは言うものの、当の本人はドーピングで動かすことは出来る筋肉をつけています
黄色い人は多くを助けるとは言うものの、選ばれたら筋トレをすると言っています
緑の人は赤い人のつてでジムに通ってはいるもののまだその筋肉はありません
以上の中から人々はレバーを操作する人を選ばねばなりません
その選ぶ基準は 人柄?印象?性格?でしょうか?
ここで重要なのは
この代表者がどっちにレバーを操作するかです
どの色の人も選ぶ人にも一癖二癖がありますが
肝心なのはレバーをどっちに動かすか?
そもそも選んだ人が動かせるのか?
そんな事も見極めなければなりません
ここで言いたいのは 代表を選ぶというのは
簡単に選べるかというとそうではないということです
選ぶ側にも一筋縄ではいかぬというがわかるかと思います
ですがそれが普通なのです
しかし、レバーをどっちに動かすのか
それは自分の考えと同じ人を選びたいと
思うのも普通だと思います
悩ましい
トロッコ問題というのは悩むのが当たり前の問題と言ってもいいかもしれません。
しかし、考えるのことすらしないというのは 悩むことさえしないということは
自分の住んでる街の未来すら
そんなん知ったこっちゃないと言っているようなものです
極めて難しいことを問うているので簡単ではありませんが
自分の考えを持つということはとても重要かと思います
最後に
難しい選択が政治です
どっちのレールにトロッコを行かせるのか。。。
それを毎日自分自身に迫られたら💦
だから代表の人に決めてもらう
そう考えてみると少しは理解しやすくなるのかもしれません
そして レバーを操作する人を選ぶ権利が
国民一人一人にあるということです
どの選択をしても正しいとは限らない。。。。
しかしその選択から逃げずに自分の意見を表明するというのは
とても大切なこと ということなのです
なぜなら トロッコは身近な所から遠くの場所でもあらゆるところで
走り続けているからです
どれだけの人がどちらに支持をしているのか❓
その方向性を示すのに無駄なことはないと思いたい
てなわけで
これから国会では何がどう決まっていくのか
それを実感しつつ
もしもこれから 投票する機会があったときには
トロッコ問題
のことを思い出してください
では また☆
